「PCMの基礎知識」


 もしかしたら若い世代の皆さんの中にはPCM(Pluse Code Modulation)と聞いて「何じゃそりゃ」という感想を持つ人もいろいかもしれませんが、これは裏を返せばPCM技術がその言葉すら気にしないほどごくごく身近に利用されているという証なのです。例えばCD(Compact Disk)、これを知らない人はまずいませんよね。いるとすればカセットテープ世代のご年輩のごく一部の方くらいでしょう。このCDこそ何を隠そうPCMによって音声を記録したCD-ROMそのものなのです。  というわけでここでは、音楽をはじめコンピュータ、マルチメディア方面に多大な革新をもたらしたPCMについてお勉強してみようと思います。



1、デジタルとアナログ

 まずPCMをお勉強する上でまっ先に理解しなければならないのがデジタルとアナログの違いです。デジタルのCDに対してアナログに代表されるものといえば15年位前まで存在していた(今もありますが)レコード盤が挙げられます。私が専門学校の講師をしていた時、学生にこの話をしたところ、「レコードって何ですか?」という質問が出たのはかなりショックでしたが、考えてみれば彼等が物心ついた時には既にCDが主流の時代でありレコード実物はおろか存在すら知らない世代がどんどん増えているんだなという現実が見えました。
ここでレコードの説明はしませんが、お勉強では昔を知る知らないは関係なく理解出来るよう進めていきたいと思います。



 さて、現在ではデジタルとアナログと言えば何を思い浮かべるでしょうか?大抵の人は時計を連想するはずです。数字そのものを表示して時間を示すのがデジタル時計、長針と短針で時間を示すのがアナログ時計です。ではアナログとデジタルに違いはどこにあるんでしょうか?「数字と針の違い?」それは時計の場合のみに通用する説明であってCDとレコードの場合には通用しません。デジタルとアナログの違いについては数学の公式のように「これだ!」みたいな説明がつかないのが難しい所です。もしかしたら説明は百人百様とも言えるかもしれません。ここではあくまで私的な表現で説明していきます。
 デジタルとアナログの違いを一言で言うと、デジタルは「階段状の変化」アナログは「坂道状の変化」と言えると思います。
 具体的に時計を例にとって考えてみましょう。例えば1時23分45秒という時間をアナログ時計、デジタル時計それぞれの表示で思い浮かべてみて下さい。御存じの通り時間の概念というのは連続的で止まったりすることはありませんよね?ここで1時23分45秒という時間は実際には1時23分45.123秒かもしれないし1時23分45.123456789秒かもしれないしという具合に小数点以下は無限に続くと言えるのです。「そんなの屁理屈だ!」と感じるかもしれませんが屁理屈も理屈の内(笑)、現実的にはそう言えますよね。そこで再度アナログ時計とデジタル時計の表示を思い浮かべて下さい。アナログ時計の場合、1時23分45秒から1時23分46秒に時間が変化する際、長針、短針、秒針を含めて1時23分45.****〜秒を経て1時23分46.****〜に至までその間の数値は視覚的には分かりませんが無限にあると言えます、つまり直線状に変化していきます。対してデジタル時計では1時23分45秒の次は1時23分46秒でしかなくその間の数値はありません、つまり階段状に変化していくのです。
言い換えればデジタルでは間の数値を四捨五入、切り捨て、切り上げを行って簡略化しているのです。当然小数点以下何桁を簡略化するかによって数値は限り無くアナログに近付いていくことになりますが、時計としては小数点以下が100桁も200桁もあっては時計としての機能が果たせなくなってしまいますので、通常は秒で区切るのが一般的ということです。
 このようにアナログをデジタル化する場合、どこまでで区切るかというのは、それが時間であるのか音であるのかはたまた映像であるのかというソースの状況によって異なってくると言えると思います。

2、なぜデジタルがいいのか?

 ここまでで何となくでもデジタルとアナログの違いは理解出来たでしょうか?
 ではアナログからデジタルにするといったい何が良くてどんなメリットがるのでしょうか?別の例を挙げて考えてみましょう。
 下の図はある音色の波形の1周期です。











 この波形の見本を見ながらフリーハンドで別の紙に書き写すとしましょう。その場合、出来上がった写しは100人100様になるはずです。またその書き写した物を見本に別の紙に書き写すことを繰り返していくと最終的には元の見本とは随分違った波形になりそうなのが想像出来ると思います。
 そこで今度は下図のように見本の波形をマス目で区切ってみます。











 そして書き写す別の紙にも同じマス目を書きます。見本のマス目を見ながら、波形の線がマス目の半分以上かかっていたら塗りつぶし、逆に半分以下だったら塗りつぶさないというふうにすると下図のような元の見本に近い形が出来上がります











 同様にさらにマス目を細かくしていくと下図のようにより見本に近い形が出来ていきます。











 最終的にはある程度マス目を細かくすれば肉眼上では見本とそっくりな書き写しの完成となるわけです。
 もうお解りとは思いますが、フリーハンドの書き写しがアナログ、マス目の書き写しがデジタルというわけです。  波形の書き写しにこの方法を使えば、誰が何度やっても同じ物が再現出来るわけです。

 それでは具体的に音の場合を考えてみましょう。
 あまり気にしたことはないと思いますが、音というのは空気の連続した動きが鼓膜に伝わってはじめて音として認識出来るわけですが、アナログの音響機器ではこの空気の連続した動きを電気の連続した動きに変えて増幅したり(アンプ)、加工を施してスピーカーで再び空気の動き(音)にもどしたり、さらには電気の連続した動きを磁気の変化に変えて磁気テープに記録したり(カセットテープなど)というのが主な方式でしたが、この方式は、いろいろ加工するのは比較的簡単なのですが、空気変化から電気変化、電気変化から磁気変化という変換を繰り返す度に元音の音質がどんどん落ちて行くという欠点があります。最近はあまりやらないでしょうが、カセットテープのダビングを繰り返していくと、「サー」というノイズだらけになってしまって、最後には音だかノイズだかわからなくなってしまうあの現象です。
 そこで、音のデジタル化です。前述したマス目の方法を使って音を階段状の変化に変換してしますのです。  
 音が階段状の変化になってしまえばしめたものです。階段状の変化はデジタルで表現出来るからです。階段状になった変化をデジタル表記の符号(1と0の世界)に変換してしまって、テープに記録する場合はこの符号を記録します。これなら記録したテープをダビングしてもこれは音そのものをコピーしているのではなくまさにデータコピーしていることと同じなので、ダビングして少々ノイズの入った信号でも、元の符号さえわかればあとはそれを戻すだけです。これで元の階段状の変化に変換した音はそっくりそのまま再現が出来ます。つまりデジタルでは音質の劣化はあり得ないわけです。
 このデジタル技術は音のみならず映像、通信にも応用出来るわけで、この技術の実生活にもたらした影響が計り知れないには言うまでもありません。

3、PCMの原理

 さて、それではPCMの原理はどのようなものなのでしょうか。と言っても前項でほとんど解説してしまったに等しいんですが、問題は前項で述べたマス目の細かさをどの程度にするかということです。PCMを行う際には必ずサンプリング周波数量子化ビット数というものが派生してきます。これは前項で述べたマス目の細かさを決定する数値です。マス目の縦軸は信号のレベルを表し、横軸が時間を表します。  最も一般的であろうCD(Compact Disk)は、サンプリング周波数44.1kHz、量子化ビット数16bitです。この数値をもう少し分かりやすく説明しますと、マス目の縦軸の細かさを決めるのが量子化ビット数、横軸を決めるのがサンプリング周波数です。それぞれの数値が実際どのくらいの細かさになるかというと、縦軸の16bitは1か0の2種類の状態を表現出来る1bitが16並んでいるわけですから、16bitの組み合わせは2の16乗で65536となります、つまりマス目の縦軸(レベル)は65536段階で区切ることができます。横軸の44.1kHzは単位を変えて表現すると44100Hzとなります、1Hzは1秒間に1周期するという意味なので、時間的には1秒間を44100に分割できることになります。
 ちなみに、私が主にマスターとして使っているDAT(Digital Audio Tape)では、サンプリング周波数48kHz、量子化ビット数16bitというスペックです。  ここまでを踏まえた上で次に進みます。
 PCMでは大きく以下の3段階のプロセスを踏んで行われます。

3ー1、信号の標本化(Sampling)

 まずサンプリング周波数の値に応じて信号を縦割りにします。下図参照。











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 図のように元の信号を縦割りにして、棒グラフ状の信号にします。この時の棒グラフの本数はサンプリング周波数によって決定されます。サンプリング周波数44.1kHzであれば1秒間に44100本、48kHzならば48000本の棒グラフが出来ることになります。

3ー2、標本化された値の量子化(Quantization)

 標本化されて出来た各棒グラフのピークの数値はまだアナログ値のままです、つまり棒グラフのピークの小数点以下が無限にある状態です。そこで前述したマス目の方法で数値を簡略化します。この時の段階は16bitなら65536段階で決定されます。

3ー3、量子化された値の符号化(Coding)

 量子化された数値をデジタル化します。量子化された数値はまだ10進数のままです、これではデジタルの世界では通用しませんの、10進数表記を2進数表記に変換します。これでPCMデータの完成です。
 符号化された信号はもはや音声信号ではありません、符号信号はデータそのものと言えますので、ハードディスク、MO等いろいろなメディアで記録、やり取りが可能になります。

3ー4、A−Dコンバート、D−Aコンバート

 上記の3つのプロセスを「A-Dコンバート」(アナログ-デジタル変換)と言います。
 今度は逆に符号化された信号を我々の耳で音として認識出来るアナログ信号に戻す場合ですが、単純にA-Dコンバートの逆をたどるだけです。このプロセスを「D-Aコンバート」(デジタル-アナログ変換)と言います。
 この時理解しなければならないのは、「D-Aコンバート」によって再現される信号は元々の信号そのままではないということです。元々の信号は標本化された数値が量子化された時点で信号個々の無限にあった小数点以下の数値は戻すことが出来ないからです。
 最近では様々なデジタル機器が安価で手に入るようになりましたが、実際には価格にかなりの開きがありますよね。これはこの「A-Dコンバート」、「D-Aコンバート」の部分が問題になってくるのです。高価な機器は「A-Dコンバート」、「D-Aコンバート」の性能がより優れていると言えます。が、安価な物がいけないというわけではなくて、一般ニーズでは安価な物でも十分だと思いますので、個人個人の目的にあった機器選びをすれば良いと思います。
 デジタル、アナログ、PCMについてだいたい理解出来たでしょうか?
 近年目まぐるしい発展を遂げているデジタル技術ですが、近年では、このPCMによって出来上がったデータをいかに小さく圧縮出来るかという方面に力がそそがれています。そうして出現してきたのがMD(Mini Disk)であったり、DVD(Digital Disk)であるわです。

今回は少々説明不足の感はありますがこれでお勉強はおしましです。
機会があれば今後更に詳しくお勉強していくことにしようと思います。