「定位の基礎知識」


定位?それ何という感じでしょうか。何のことはないパンポットのことです。しかしこの定位、実に重要で奥が深いものなのです。
  というわけでここでは「定位の基礎知識」というテーマで簡単にお勉強してみたいと思います。



1、定位とは

さて、ここで述べるのは定位(パンポット)についてですが、以下に述べていく内容は、その環境が当然ステレオ音場であること、聴者が2つのスピーカー(音源)の正三角形または二等辺三角形の頂点に位置することを前提とします。
まず定位とはいったい何なのかというあたりを復習してみましょう。
定位という概念は前述したようにステレオという技術が出現して出てきたた概念で、日常生活の中でも我々は常に定位を感じています。音のする方に振り向いたり、遠くで救急車が走っているのを知ったりといったことがまさに定位なのですが、音楽を含めたステレオ・オーディオの世界では、基本的には2つのスピーカー空間のどの位置にどの楽器(音源)を置くかを疑似的に決定するのが定位です。楽器の相互位置によって、バランス感が大きく変化するだけでなく、音楽的感覚にも大きな影響を与えます。従ってミキシングなどを行なう前に、この音像定位のプランニングをしておく必要があります。下図は音像定位とバランスの一例ですが、前述したように定位はスピーカー空間の中での定位なわけですから、単なる左右だけのステレオ感だけでなく、当然広がり感、奥行き感なども表現していかなければなりません。


















2、広がり感、奥行き感の表現

よく考えるのが、現在のステレオ音場で、疑似的な広がり感、奥行き感の表現、またスピーカーの位置より外側に定位させることはできないか、などということがありますが、結論としては一定のところまでは出来ると言っていいわけです。まず広がり感、奥行き感に関しては、普段皆さんが使っているであろうディレイ、リバーブといったエフェクターがまさにその広がり感、奥行き感を疑似的に作り出すエフェクターなのです。普段我々が日常生活を営む中で、聴覚上の遠近感はどのように判断しているでしょうか?例えば近所で火事があって遠くでサイレンが鳴っているとします、なぜ遠くとわかるのでしょうか?それは、その音の周りの反響や音量によって判断しているのです。つまり、音が小さかったり残響を伴ったりしていれば遠くにあり、近くにあるものは直接音で耳に入ってくるため、残響や反響の少ない大きな音であることを判断しているのです。従って定位を遠くに置きたい場合はリバーブを多めにかけたり、音量を絞ったり、音の輪郭をボカす為に高域を絞ったりして表現し、近くに置きたい場合はその逆をすればいいわけです。また、ズッと遠くにある音は時間差が生じるため、ディレイによって更に奥行き感を出すことが出来ます。ディレイ、リバーブが音場作りのシュミレーターであることが納得できるでしょう。こうしたディレイ、リバーブのタイムによる距離感の設定は、難しいものです。実際の音は周りの環境や材質などによって大きく左右されているからです。ディレイ・タイムを設定する場合、音速は340m/sec位ですから、単純計算では1秒で340mとなりますが、同じ1秒のディレイでも使う曲想や聴く人によって千差万別なので決定付けるのは難しいのかもしれませんね。

3、スピーカーの外側に定位する

次にスピーカーの外側に定位する方法なのですが、昔は、左右前方後方、計4つのスピーカーを使ったいわゆるクワドラフォニックが流行りましたが、装置が大がかりになったりで今日ではまったく消滅してしまったようです。その後バイフォニックという方法が出てきました。これは片方のスピーカーの位相を逆にしてスピーカーの外に虚像を作る方法なのですが、ただ片方の位相を逆にしただけでは定位はぼやけてしまって、どこにいるのかわからなくなってしまいます、そこで耳までの到達距離が等しい逆相同士の音は互いに打ち消されて無音になる現象と、左右の耳の距離を計算してほんのわずか遅らせた音を合成することによってスピーカーの外に音像を置くのがバイフォニックです。その原理を下図に示します。余談ですが、ちょっと前まではホロフォニックという技術が注目されていました。私自身原理はよく知らないのですが、おそらくバイフォニックなどの応用技術かと思います(ホロフォニックで録音されたSEのCDが発売されていました)、しかし現在ではローランドがRSSなる技術が実用化し、HDレコーダーなどに搭載されていたり、デジタルミキサーに搭載されていたりと、手軽に行うことが出来るようになりました。しかし、それらの効果を充分に出す為には、聞く環境が充分に整わなければならないという条件が付くことを忘れてはなりません。



SP・Lから出た音は、左耳と右耳では到達距離に微妙なズレが生じる。つまりBの音の方が遅れて到達する。SP・Rでその遅れた分だけディレイで遅らせ、更にBに対して逆相で音を出す。右耳はに到達する音はBとが打ち消し合って無音状態になる。するとSP・Lから出た音はあたかも左間横にいるように聞こえるという仕組み。




4、定位を決定する基本要素

定位を決定する要素としては大きく2つが考えられます。センター・ポジションの配置と左右への振り分けがそれです。

4ー1、センター・ポジションの配置

4ー1ー1、低音楽器の処理

バス・ドラム、ベースなどの150Hz以下の低い周波数を持つ楽器の場合、人間の聴覚は方向認識力が低下するため、左右の区別がつけにくくなりますが、基音の定位は判別できなくても、倍音によって定位が判別できます。これらのリズム楽器が片方に寄りすぎると、全体の安定感が無くなってしまいます。逆に、低音楽器が真ん中に集中しすぎると、全体が重たく感じられてしまいます。従って楽器の音色(倍音構成)などによって振り分けたりすることが必要です。

4ー1ー2、メロディー楽器の処理

曲時間の80%位?の時間、メロディー楽器が真ん中から聞こえるような配置にすると、左右のバランスが良くなります。いきなり片方のチャンネルからメロディー楽器が出てきたら、聴く方も驚くし、リード楽器や歌へのバトンタッチもスムーズに行えなくなってしまいます。またオブリガードなどは左右に振り分けておかないと、広がり感を少なくしてしまいます。

4ー2、左右への振り分け

4ー2ー1、リズム楽器の位置付

バス・ドラム、スネア、ベースを除いたリズム楽器は、左右のチャンネルに振り分けて広がり感を出します。リズム楽器が真ん中に集中しすぎると、やはり全体が重たく聞こえてしまいます。振り分ける場合、ドラムのセットを頭に浮かべて、自分がそのセットの正面で聴いた場合を想定して定位を決定しましょう。

4ー2ー1、ストリングスの広がり感

弦楽器群は、サウンドに厚みを付けたり、全体の広がりや奥行きを増す役割をします。白玉で演奏される部分は、耳につかないように左右のスピーカーの間を、リバーブたっぷりにまんべんなく埋めるような定位処理がオーソドックスのようです。カルテットのような場合は、一般的に下図のような定位にします。









簡単ではありますがこれにてお勉強は終わりです。ただ、これらはいわゆる原則であって、「絶対やらなければいけない」とか「絶対やっちゃダメ」という原則があるわけではないのですが、そうした原則、基本を充分知ったうえであえてそれに逆らった時、偶然斬新なサウンドが出来上がったりするわけです。しかし、アナログ機器と周波数特性などの大きく異なるデジタル機器の普及により変混した、今日のサウンド作りにも対応できる原則であるとは言えないかもしれません。日々日頃の研究、経験が大切なのかもしれません。