「FM音源の基礎知識」


FM音源と聞いて、どのような印象を持つでしょう?
発表当時は一世を風靡し、つい最近のパソコンなどにも標準的に装備されていたFM音源ですが、しばらく形をひそめていた感がありました。しかし最近改めて実に身近な音源となってきました。
例えば携帯電話の着信メロディーの音源などです。
皆さんはこのFM音源についてどの程度ご存じでしょうか?
というわけでここではFM音源についてお勉強してみようと思います。



1、FM音源の出現

FM音源と言えば、シンセ経験がる程度長い人ならば、1983年に発売されたヤマハのDX7というシンセを連想するかと思いますが、実際にFM音源が音源として実用されたのは1981年に発売された同社のGS1が最初と言えます。
自在に音作りが出来るDX7に体して対してGS1はFM音源で作られた音色がプリセットされているというタイプでした。
さて、FM音源の技術自体は、実用以前の1973年、米国スタンフォード大学のJ・M・チョーニング博士によって生み出されていました。そのアイデアを実際の楽器の音源として実用化したのが日本の楽器メーカーであるヤマハだったわけです。
FM音源の出現までのシンセは、基本的にVCOで音程を決め、VCFで音色を作り、VCAで音量を決めるというプロセスで音作りをしていました。それに対してFM音源はそれまでの概念を完全にくつがえすような方式で音作りを行うというまさに発明と呼ぶにふさわしい革新的な技術だったのです。


2、オペレーター

FM音源のもっとも基本になるものです。難しい話は抜きにして、このオペレーターの働きさえわかってしまえばあとは簡単です。

2ー1、オペレーターの機能

オペレーターには正弦波が記憶されています。この正弦波は読み出し専用で、この波形自体は外部から変えることは出来ません。
ちなみに正弦波とは、音叉などが出す丸い音のことです、身近ではテレビやラジオの時報の「ピッピッピッポーン」の「ポーン」の部分の音です。
このオペレーターには以下のような機能があります。

1、命令を出すとオペレータは正弦波を出す
オペレーターは外部からの音を出せという命令があると正弦波を出します。前述したようにオペレーター単独では正弦波以外の波形を作り出すことは出来ません。ただ、これは後述しますが、フィードバックという機能を持ったオペレーターは単独でも正弦波とは異なる波形を出す事が出来ます。(下図)


















2、命令の仕方によってあらゆる周波数の正弦波でも出せる
周波数については詳細な説明はしませんが、周波数とは波形の波が1秒間に何回うねるかを表す単位です。
1秒間に1回うねる波を1Hz(ヘルツ)の波と表します。この周波数が低ければ低い程音程は低く感じられ、逆に高ければ高い程音程は高く感じられます。
FM音源のオペレーターは自身が出す正弦波の周波数を自由に変えられるということです。(下図)
























3、オペレーターは内部で正弦波の揺れ幅を自由に変えられる
波形は、その揺れ幅が大きければ大きい程音量は大きく感じられ、逆に揺れ幅が小さければ小さい程音量は小さく感じられます。オペレーターは揺れ幅の大きな正弦波も揺れ幅の小さい正弦波も自由に出す事が出来ます。
更に、揺れ幅に時間的な変化を付けることも出来ます。例えば最初は大きな揺れ幅の正弦波は出し、次第に揺れ幅の小さなものに変化し、最後には消えるというような変化です。もちろんその逆も可能です。つまりオペレーターは正弦波の出方、消え方をコントロール出来るわけです。(下図)
























4、オペレーターは同時に複数の正弦波を出せる
これはそのFM音源の機能によって様々ですが、最新の携帯電話のFM音源では同時に16声まで出す事が出来ます。つまり16和音まで作れるという事です。ちなみにFM音源の実用シンセとして発売されたDX7も16声でした。
もし従来のシンセで言えば、16声発音するためには16のVCOが必要になるわけで、たった1つのオペレーターだけでこれだけの機能があるということはたいへんなことなわけです。

以上がオペレータの機能なのですが、オペレータだけでこれだけのことが出来るのならこれだけで音源が出来ちゃうような気がしますよね。確かに出来ないわけではないですが、このまま音源にしてしまうと音色は正弦波の1種類、ポーとかピーという音色しか出せません。音量変化を付けてもせいぜいポーンとかピーンくいらい、これでは音源としてはイマイチですよね。そこで次のステップです。


2ー2、オペレーターを複数にする

前述したように、オペエーター1つだけではそれ以上のことは出来ません。そこでまったく同じ機能を持つオペレーターを2つにしてみます。ここではそれぞれオペレーター1(OP1)、オペレーター2(OP2)呼ぶ事にしましょう。
そしてOP1とOP2を横に並べて同時に音を出させたらどうなるでしょう?
この場合、OP1もOP2も同じ正弦波は出すわけですから、結果的には正弦波しか出てきません。(下図)
























では片方のオペレーターの正弦波の周波数を変えたらどうなるでしょう?
例えばOP1が「ド」OP2が「ソ」の音程で発音させるようなセッティングにした場合、5度ずれた音が同時に鳴ることになります。(下図)


















音程のずれた正弦波同時に鳴らした場合、人間の感覚としては音程がずれたというより音色が変わったというイメージの方が強くなります。これをフーリエ合成(正弦波合成)と言います。(下図)






















これは周波数の異なる正弦波をいくつも足していくと、異なった波形が出来、結果音色も変わっていくという考え方です。もっとも正弦波を2つ足す程度では大したことは出来ません。
じゃ、オペレーターを数十個横に並べれば更に複雑な波形が出来るのでは?
確かにその通りなのですが、オペレーターがそれだけの数あるとするとパラメータをセッティングするだけでもたいへんなことですし、紙一重の数学者ならともかく、我々一般の人では出てくる波形の予想がつきません。
ではどうすればいいのでしょう?実は大きく発想を変えれば2つのオペレーターだけでもオペレーターを横に数十個並べる以上のことが出来るのです。
そこで更に次のステップです。


2ー3、オペレーターの並びを変える

前述したのはオペレーターを横に並べた場合を話しましたが、今度はそれをやめてOP1の上にOP2を乗せるという配列にしてみるとどうなるでしょう?
この配列にした場合、OP2はその機能を一変します。簡単に言ってしまうと、OP1の上にOP2が乗ったとたんにOP2は無言になりOP1をくすぐり始めるのです。
正確にはOP1がOP2に変調をかけはじめるのです。
オペレーターは本来正弦波は出すだけのものでしたが、あるオペレーターの上に乗る事で出していた正弦波そのものが別のオペレーターをくすぐる手に変化するのです。
問題はくすぐられたOP1はどうなるかということです。
もし人間が歌っているところで誰かがくすぐったら・・・
人間の場合くすぐった人をくすぐり返すとかいいろいろなリアクションが考えられますが、オペレーターの場合はくすぐられたまま歌を歌い続けます。すると当然まともな声(正弦波)は出せない!。つまりOP1はOP2にくすぐられる事(変調を受ける事)によってとんでもない声、正弦波以外の波形を出すようになるわけです。(下図)






















周波数によって周波数を変調する技術を周波数変調(Frequency Modulation)と言います。FM音源のFMは周波数変調の意味なのです。


2ー4、オペレーター変調の関係

FM音源の基本的な部分はご理解出来たと思いますが、こまかいことを話していくといろいろ難しいことになってくるのですが、前述したくすぐり、くすぐられの関係さえわかってしまえばFM音源を扱う上では充分なんです。
その関係なんですが、一口にくすぐるといってもいろいろなパターンが考えられますよね。人間の場合、「足の裏をくすぐる」「わきの下をくすぐる」などいろいろ考えられますが、共通して言えるのは、いずれの場所をくすぐるにしても弱くくすぐられるより強くくすぐられたほうがくすぐったいということ。
FM音源も同じことなんです。OP2が強くくすぐるほどOP1は乱れた(複雑な)波形を出し、弱いほど正弦波に近い波形を出します。この時くすぐりのレベルがあるレベルを超えるとくすぐられる方のオペレーターは悲鳴に近いようなキツイ音を出します。(下図)
























更にFM音源では、OP1が速くくすぐる(高い周波数で変調をかける)ほどOP2は高い音を出し、OP1が遅くくすぐる(低い周波数で変調をかける)ほどOP2は低い音を出します。
で、FM音源の考え方では、くすぐり役のオペレーターを「モジュレーター」、くすぐられ役のオペレーターを「キャリアー」と呼んで機能を区別します。(下図)
















2ー5、フィードバック付きのオペレーター

FM音源では、オペレーターの中にフィードバック付きのオペレーターが必ず存在します。
これは要するに自分で自分をくすぐって正弦波以外の波形を出せる機能を持ったオペレーターです。つまりひとりFMが出来るわけです。自分で自分をくすぐるのですから人間だったらずいぶん器用なひとかもしれません。
フィードバック付きのオペレーターは正弦波意外に主にノコギリの刃のような形の波形を出す事が出来ます。(下図)

















3、アルゴリズム

聞こえは難しそうですが、何のことはないオペレーターの組み合わせのことです。
但し、アルゴリズムの存在するFM音源は3つ以上のオペレーターを持つものに限られます。なぜなら、オペレーターが2つしかない場合、その組み合わせは横に並べるか縦に並べるかしかなく、横に並べた場合のプロセスは縦に並べた場合で代用出来るためです。
ちなみにFM音源シンセのDXシリーズでは、DX9が4オペレーター、DX7が6オペレーター、最高峰のDX1では12オペレーターという仕様でした。最近の携帯電話のFM音源は2オペレーターのものです。



以上がFM音源の基本原理です。
今回のお勉強はこれで終わりです。