「エフェクターの基礎知識1 ディレイ」


エフェクターとは言うまでも無く入力された原音に対して何らかの処理を施して音を変化させる機械のことを言います。近年ではDTM音源やデジタルミキサー等に内臓されるようになり実に手軽にエフェクターを使えるようになりましたが、一口にエフェクターと言ってもどんな処理をするかによって実に様々な種類があります。ちょっと聞いただけではほとんど効果がわからない物からすぐにそれだとわかるような物まであるのです。
  そのエフェクターの仕組み、使い方については以外と知らないのではないでしょうか?
というわけでここでは「エフェクターの基礎知識1」ということで、まずは「ディレイ」についてお勉強してみようと思います。



1、ディレイ・サウンドの歴史

電子楽器所有経験者であれば、ディレイ・マシンを知らない人はいないと思います。日本語では遅延装置という意味になります。
このディレイ・マシンの効果は決して機械でしか作り出せないものではなく、そもそもその起源は自然界にあります。例えば山びこなんかはその代表、他にお風呂やトンネル内での反射音もまさにディレイ効果と言えます。
では、音楽的にはこのディレイ・サウンドという感覚はいつ頃から取り入れられたのでしょうか?
1800年代の作曲家ベルリオーズの「幻想交響曲」の第3楽章にちょっと面白い手法が使われています。それはオーボエの4小節のメロディーの掛け合いの部分なんですが、一人の奏者はステージ中央の正規のポジションでテーマを演奏し、もう一人の奏者はなんとオーケストラの舞台裏にかくれてテーマのメロディーに山びこのように答えて演奏するのです。これはまさに人間ディレイ・マシンと言えます。
このようにディレイ・マシンが無かった時代から人間はディレイ・サウンドを好み、残響の優れたホールや教会を建築したり、音楽アレンジで人工的にディレイ・サウンドを作ってきました。ディレイ・マシンが存在する前からディレイ・サウンドの感覚は音楽的手法の中に持ち込まれていたのです。

2、ディレイ・サウンドの変遷

それでは実際にディレイ・マシンが登場して以降のディレイ・サウンドの使われ方はどのように変わっていったのでしょうか?
初期のディレイ・マシンはもちろんテープ式の物でした。マシン内部で回っている磁気テープに原音を録音して、録音ヘッドと離れた異なるヘッドで、録音された音を再生してやれば結果的にディレイ・サウンドが出来上がるという物です。
1950年代後半のエルビス・プレスリーのロックン・ロール・ナンバーでボーカルのエコーとしてフィードバック・ディレイが使われて、エルビス独特のボーカルが作られました。ジョン・レノンがロックン・ロール・ナンバーの中でフィードバック・ディレイを使うのもこの頃のエルビスの影響であると言えます。
1960年代に入ってディレイ・マシンの使い方も様々になってきました。
ビートルズの「イエロー・サブマリン」のサントラ盤はその先端でした。当時のプロデューサーのジョージ・マーティンは最新の録音機材に精通し、そのサントラ盤の中でクラシック・パーカッションをディレイでフィードバックさせたり、テープを逆回転を使ったりしてより効果的な作品に仕上がっていました。
また1970年代からプログレッシブ・ロックがブームとなり、その代表バンドであるピンク・フロイドのギタリスト、デイブ・ギルモアなどはフィードバック・ディレイをサウンドのベースにしていると言っていいほどディレイ・マシンを多用していました。
このように1970年代に入ってディレイ・マシンがサウンド作りに重要な役割を果たしている作品が登場しはじめました。1972年にジョン・レノンが出した「ウーマン・イズ・ザ・ニガー・オブ・ザ・ワールド」は世界的にヒットしましたが、そのサウンドは分厚いオーケストレーションの中にドラムやギターやボーカルがオケ全体のリズムひっくり返してしまうほどフィードバックされるという独特なサウンドでした。
また、サウンド的だけでなく、音楽的なアレンジにディレイ・マシンが使われはじめたのもこの頃です。イギリスにロック・バンド元クィーンのギタリスト、ブライアン・メイはディレイを使って面白い演奏をしました。1〜2小節にも及ぶロング.ディレイをギターにかけ、そのディレイ音とハモリながらアドリブをしたりするのです。つまりいわゆる輪唱を一人でやってしまっていたわけです。
それ以降ディレイ・マシンはめざましい発展を遂げていくことになります。

3、アナログ・ディレイとデジタル・ディレイ

前述したように初期のディレイはテープ式の物でしたが、1970年代後半になってくるとディレイはBBDによる物が主流となってきます。BBDとはバケット・ブリゲード・デバイスの略で、アナログ信号を直接サンプリング処理出来る遅延素子のことです。動作の原理としては、スイッチ用のトランジスタとコンデンサー各1個で構成された物が多段に連なり、2相クロックによりトランジスターが交互に作動し。コンデンサーをバケツに例え、入力信号の電荷を水に例え、バケツ・リレーのように前段から後段へ送られディレイを作るという仕組みです。
それ以降はメモリーの容量アップ、CPUの処理能力、量産体制の進歩により急速にデジタル化が進み、現在では完全にデジタルが主流となっています。最近ではテープやBBDのディレイをEQ等で擬似的に再現するプログラムが組まれた物も多くあります。

4、ディレイの使い方

4ー1、フィードバック

これはディレイ・マシンの最もオーソドックスな使い方と言えます。まさに山びこ効果と同じで、例えば原音に対して100msec遅らせた音をディレイ・マシンで作り、その100msec遅らせた音をまたディレイ・マシンに返して、原音に対して200msec遅らせた音を作るというディレイ・マシンの帰還回路(フィードバック)を使った手法です。これはテープ式のディレイ・マシンの時代から行われていましたが、現在ではディレイ・タイムを数msecというショート・ディレイから数secを超えるロング・ディレイまでそのタイムを正確に設定出来るため、以前は雰囲気で決めていたディレイ・タイムも曲のテンポに合わせて16分音符、8分音符、1拍3連音符などの長さに合わせてディレイ・タイムを決めるのが主流です。最近のディレイ・マシンではテンポを入力すると各音符に対応したディレイ・タイムを自動的に計算してくれる物もあります。(計算公式を末尾に掲載します)
こうして出来たフィードバックはテンポ的にバックのオケに溶け込みやすく、オケ全体のリズム感を増す効果があります。また、どの音符の長さのフィードバックにするかは実際耳で聴いてノリの良い長さを選ぶわけですが、ボーカルのようにテンポが揺れているフレーズには3連系の音符の長さのディレイ・タイムにした方が良いと思います。またディレイ音のレベルですが、特別に音楽的な意図のない限り、原音より小さくするのが常識です。ディレイ音のレベルが大きすぎるとリズムの強拍が変わってしまってノリがおかしくなってしまうからです。
もし使っているディレイ・マシンにEQが付いている場合、イコライジングはフィードバック回路の途中でするのではなく、フィードバックされた音全体にまとめてかけましょう。例えば、EQ設定を5kHzを4db上げる設定にして、これをフィードバック回路の途中でした場合、5回目のフィードバックでは5kHzが20db上げられた音になってしまうことになります。デジタル・ディレイ特有のチリチリしたノイズの原因の多くはEQ設定によるのもですので注意が必要です。

4ー2、L、Rの音像の振り分け

いろいろな音楽の定位に注意して聴いてみると、生楽器はL、R対称になった音が多いことに気付くと思います。これは音の厚みを出すためと、L、Rのバランスをとるために実は同じフレーズを2回演奏し、録音された2つのチャンネルをL、Rに振り分けているのです。
しかしディレイ・マシンを使えば1回の演奏録音で同じ効果が擬似的に作ることができます。方法は簡単です。例えばL側に原音、R側にディレイ音を定位させ、ディレイ・タイムは10msec〜50msec位の間隔で調節します。その際、L、Rのレベルは耳で聴いて左右同じ音量で聞こえる所に合わせます。ディレイ・タイムが離れていればいるほどL、Rのおとの広がりが大きくなります。
またコーラスのように音の立ち上がりが比較的鈍い物はディレイ・タイムをとれるのですが、パーカッション類のように音像のはっきりした鋭い音では時間差が目立ちやすくなってしまうので、ディレイ・タイムの設定には注意が必要です。

4ー3、ショート・ディレイ

このショート・ディレイこそ近年流行ってきた手法です。原音とモノラルでミックスされた10msec以下のディレイ音は人間の耳では識別が不能です。この場合コーム・フィルター効果(整数倍の倍音は増幅され、奇数倍の倍音は打ち消されフランジングのようになる効果)の方が大きくなり、更にこれをフィードバックさせると発振寸前の刺激的な音が得られます。特にパーカッシブな音には効果的で、耳にしたことがあると思いますが、ビンビンという独特な響きが原音にプラスされます。

4ー4、ライブ感を持たせる

前号で定位の話しを書きましたが、音場は反射音によって大きく左右されます。例えば、ミックス・ダウン時にL、Rにそれぞれ20msec〜70msec位遅らせたリズム帯を足して、ライブっぽい仕上げにしたり、オーケストラの奥行きがないとき、100msec〜200msec位のフィードバック・ディレイをL、Rにたすきがけに足してやると奥行き感が出ます。
またオフ・マイクでライブ感を出して録音されたオケにデッドな響きの楽器をダビングすると、その楽器は容易に溶け込んでくれません。そんな時、数10msecのディレイ音を原音にモノラル・ミックスしてやると、その楽器があたかもオケと同じ場所で演奏されたように加工が出来ます。

4ー5、ディレイ効果以外の使い方

フランジャーというエフェクター昔から有名ですが、何を隠そうこれはディレイ・マシンを利用した物なのです。モジュレーションされた数msec幅で揺れるディレイ音が原音とミックスされコーム・フィルター効果を起こして独特なサウンドが得られます。 他にはコーラスというエフェクターもディレイ・マシンを利用しています。これはフランジャーんのディレイ音がL、R逆相で広がった物と考えればいいと思います。効果としては音の定位感が無く、独特な広がりを作ります。特にコード楽器などによる音の壁を作るのに多用されます。

以上で今月のお勉強はおしまいです。
次回は「エフェクターの基礎知識2」として、別のエフェクター(未定)をテーマにしたいと思います。
以下に、テンポとディレイタイムの表を掲載します。


●テンポとディレイ・タイムの換算公式●

1小節の時間を計算する(4/4拍子の場合)
60÷テンポ×4=1小節の時間(sec)

4小節の時間を計算する(4/4拍子の場合)
60÷テンポ×16=4小節の時間(sec)


4分音符の時間を計算する
60÷テンポ=4分音符の時間(sec)

8分音符の時間を計算する
60÷テンポ÷2=8分音符の時間(sec)


付点4分音符の時間を計算する
60÷テンポ×1.5=付点4分音符の時間(sec)

付点8分音符の時間を計算する
60÷テンポ÷0.75=付点8分音符の時間(sec)

計算は簡単です、4分音符の時間さえわかってしまえばあとは簡単な算数で済みますよね。
例えばテンポ100の4分音符3連1つの時間を計算するには、まずテンポ100の4分音符の時間を計算します。
60÷100=0.6sec(4分音符の時間)

4分音符3連は4分音符2つ分中に3つ収まるわけですから
0.6×2÷3=0.4sec(4分音符3連1つの時間)

という具合に応用していけばいいわけです。


今回のお勉強はこれで終わりです。